プロフィール

ペンネーム:Mナオキ (画家名 松本直樹)

誕生日:8月30日

血液型:A型

星座 :乙女座

生まれ:北海道釧路市生まれ

育ち :北海道釧路郡釧路町(釧路市の隣)

仕事 :漫画、絵画、イラスト、文章書き、デザイン等

特技 :野球(2018年で引退)

​趣味 :温泉・銭湯巡り、旅、コーヒー

​詳しい略歴

Mナオキ自身が作品を作る際に振り返ることもあるため、資料の意味も兼ねて極めて詳細に記述しています。

​幼少期

釧路市で生まれる。

病弱で珍しい病気になることも多く、危篤状態に陥ったこともあった。

そのため外で遊ぶよりも自宅で過ごす時間が多く、親のしつけも厳しかったため、自分の感情を外へ表現する手段が絵を描くことしか無かった。


1歳位から形のあるものを描いていたらしい。病気が人生の方向性を決めたのかも知れない。

​小学生

​1991年~1997年 (平成3年~平成9年)

前半は相変わらず病気がちだった。ほんの少しだけ登校拒否もした。心臓病も見つかり体育も見学しがちだったのだが、父が野球好きでキャッチボールに(強制的に)誘われた。だが、

軟式ボールでも怖いものは怖く、逃げて怒られて泣いてばかりで野球は一番嫌いなスポーツ

だった。漫画とアニメ、TVゲームの方が好きだった。

 

転機は3年生の頃。いつもならTVゲームをする友人数名で、公園にて何と無しに軟式ボールより更に柔らかいボールで草野球遊びをした。
野球部に入っている者が居る訳でも無く、皆同じ様なレベルだった事もあり、新鮮でとてつもなく楽しいものに感じた。病気も気にせず、雨の日も雪の日も毎日の様に野球漬けの日々を送った。

だが、心臓病で野球部に入ることは出来ず、5年生の時に入院を経て医師からようやくOKを頂き、晴れて本格的な野球人生のスタートを切る事ができた。絵の方は言うまでもなく常に描いていた。
町の美術展(小学生の部)などで賞も沢山頂くことができ、褒められる機会の少なかった私にとって、絵は勇気を与えてくれる大切な存在となった。

​中学生

 

1997年~2000年 (平成9年~平成12年)

絵は勿論描いていたが、基本的には野球漬けの毎日であった。
私が通学していた当時は不良の多い中学校でいじめも比較的多く、2年生で野球部主将となってからは部員の喧嘩の仲裁ばかりでなかなか野球自体に集中できなかった印象がある。

 

教師陣とは仲が良く、クラスに必ず1人はいるような先生っ子だったと思う。小・中・高の中で

中学時代は健康体で過ごす時間が1番長かった。

​高校生

2000年~2003年 (平成12年~平成15年)

北海道釧路北陽高校に入学。硬式野球部で汗を流す。当時の北海道では強豪校で、1年生の時は得意だったバッティング以外は全く通用しなかった。
当時は北陽史上最強と言われた世代で、3年間とも(特に2年の時は甲子園の有力候補だったが)いつもあと少しのところで甲子園出場を逃した。
この高校の3年間は、その後の人生と人格の形成において本当に大切な3年間であった。
野球部の先輩は皆素晴らしく、プレーだけではなく礼儀や挨拶、日常生活の過ごし方など、人間として大切なものを沢山教わった。


また、野球と並行して絵(特に漫画)の方も熱心に描いていた。野球に関する仕事で食べていきたいと本気で思っていたが、2年生でパニック障害を発症したことをきっかけに健康面で不安ができ、絵を中心とした進学を考える様になった。

その想いを理解してくださった美術教師の久保先生は、末期癌の身を押しながら、美術部では無い私に休み時間や空いている時間を使って絵のイロハを教えてくださった。3年生の頃になると、美術と野球を両立できる大学を何校も推薦してくださった。とても悩んだが漫画への想いを捨てることは出来ず、結果的に漫画学科のある専門学校へ進むことを決めた。

久保先生がいなければ今の自分は無いと思っている。どこまでも生徒の事を第一に考えてくださる「本物の先生」だと心から感謝した。

 

札幌へ進学・移住して間もなく、久保先生の訃報が入った時は涙が止まらなかった。

だが、先生に恩返しをするためにも絶対この絵の世界で結果を出そうという気持ちは更に強くなった。

​2003

​平成15年

 3月 釧路北陽高校卒業 札幌に単身移住する
 4月 専門学校札幌デザイナー学院に入学(アニメ・マンガ学科 マンガ専攻)
 6月 この頃からパニック障害が悪化し始める 一度倒れる
秋頃  北京開催での「アジアマンガサミット」に作品が出品されるも受賞は無し
10月 スカウトキャラバンにて漫画作品を人生初の持ち込み
     相手は手塚治虫先生の元担当編集者であった。その場から逃げて消えたくなる程に

     最低の評価であった…
晩秋  この頃には薬の数も10種類を超え身体と心のコントロールができなくなっていた。
     OD(薬物過剰摂取)と発作の中、友人や学校には言えずに頓服薬を常時服用しながら

     健康なフリをして学校に通い続けていた。

2004

​平成16年

 2月 体調の悪化が止まらずドクターストップもかかり学校を自主退学
     (病名は『パニック障害』とこの時、正式に診断される)

     釧路に帰郷し療養


 6月 本格的に絵画の修行を開始する
     絵の本当の深さと自分の未熟さを再認識する
10月 注文が入り、初めて絵を販売する

     初めて売れた絵は「海の絵」と「花の絵」

2005

​平成17年

 3月 小説「命の器」 東京の出版社が主催する出版賞で最終候補作に残る
 3月 クインシーズ釧路店にて絵画とイラストの作品販売開始(現在は終了)
 5月 社会人野球クラブチーム『グレード1』に入団し、1シーズン半ぶりに試合出場する
     (この年は地区大会等で優勝2回)

秋頃  月刊少年ジャンプにて初めて編集担当が付く
11月 漫画家・島本和彦先生に漫画のアドバイスを直接頂く

2006

​平成18年

 7月 釧路市 イエローヴァリーにて自身初の個展(パステル画・水彩画・イラスト)
     釧路新聞にて個展が特集される
10月 釧路市にアパートを借り、作品制作用のスタジオとする
12月 釧路町の設備会社でロゴデザインが採用される

2007

​平成19年

 1月 釧路市 弁当ハウスバンバンにて、「M.ナオキコーナー」を設置し絵画・イラストを

     販売する (現在は閉店のため終了)
 3月 釧路市 輸入雑貨&COFFEE angella(アンジェラ)にて作品販売開始
 5月 北海道 厚岸町フォト喫茶夢風舎にて個展「道東画展」(風景画・ペット画)6月まで
 7月 釧路町 ささき整骨院にて絵画の展示・販売開始(現在は終了)
 9月 釧路町 NPO法人ゆめのき 秋まつりにて似顔絵コーナー
11月 NPO法人「ゆめのき」主催のイラスト教室にて講師をする

2008

​平成20年

 3月 NPO法人ゆめのき ロゴデザインが採用される

     (現在は釧路町を中心に各所で見かけることが可能)
 4月 制作スタジオを釧路市のアパートから釧路町の実家裏に移動
 4月 母校の中学校で野球部コーチを務める(シーズン終了まで)
 6月 株式会社マッハコーポレーションにてニンテンドーDSのソフト制作に関わる
10月 北海道 厚岸町 フォト喫茶夢風舎にて個展「道東画展2」(風景画)
10月 北海道 中標津町 家具の丸協にて展示・販売開始(店舗移転により現在は終了)

2009

​平成21年

 2月 Web上のマンガサイトにて初の漫画連載が決まる
 4月 Web漫画サイトにて「ひょうひょう!」連載開始 (漫画サイト名「マンマル」)
 9月 ゆめのき秋の大収穫祭にて似顔絵コーナー
10月 Web漫画サイト「ひょうひょう!番外編」連載開始

     (漫画サイト名「マンマル」)※両漫画ともサイトの閉鎖に伴い途中終了
10月 漫画修行のために再び札幌へ単身移住

2010

​平成22年

 1月 漫画関係者や野球経験者と共に社会人野球チーム「GUINNESS」を結成する

     初代監督には漫画家の田川歩先生 私は主将兼選手として活動する
 3月 長野五輪スキージャンプ金メダリスト 船木和喜選手と出会う
 3月 船木和喜選手と肖像権の契約
 4月 船木和喜選手に同行し取材を開始 同時にスキージャンプをテーマに漫画を制作
 8月 パニック障害発症後、初めて東京へ出張し出版社各社を巡る

2011

​平成23年

 3月11日 東日本大震災 故郷釧路も津波の被害を受ける
 5月 GUINNESS 札幌市「ルーキーリーグ」に参戦する
10月 札幌市 荒井山シャンツェでスキージャンプを経験

2012

​平成24年

 5月 GUINNESS 札幌市「オイスターズリーグ」に参戦する
 5月 高速道路のパーキングにて急病のため救急車で運ばれる

   ※東日本大震災前後からこの頃にかけて、再びパニック障害にて体調を崩す事が増える
 

 6月 震災と急病から色々と思うところがあり、秋に東北を巡る旅を計画する
 

 7月 東北の旅を釧路のユーストリーム放送局「KUCS」にてドキュメント番組化決定
 8月 クエスタ株式会社と提携し商業漫画制作
10月 「M.ナオキ 東北を巡る旅2012秋」決行 同時にKUCSにて放送開始 (11月まで)

2013

​平成25年

 3月 「M.ナオキ 東北を巡る旅2012秋」放送終了
 4月 フリーライターとしてWEBマガジンでの執筆開始 (愛知県 株式会社Web企画)

 7月 試合中の半月板損傷、パニック障害の一時的悪化のため年末までを棒に振ってしまう

2014

​平成26年

 2月 埼玉県 ケーズオフィスとライター契約 多種サイトにてコラム執筆開始

 5月 株式会社スポーツITソリューションとライター契約 「Sportie.com」にて不定期執筆

10月 個人事業の屋号を「STUDIO Switch On(スタジオ スイッチオン)」として登録する

   ※本業である画業の他に雑貨作りにも興味を持ち、2016年頃まで積極的に手造り雑貨

​     を制作しネットショップで販売をした

2015

​平成27年

 2月 持病悪化を理由に地元の釧路町へ移住 しばらくは静養しながらの執筆となる

 7月 漫画(小冊子)「M.ナオキの社会見学」を作画 発売

 8月 手作りクレヨン工房Tuna-Kai主催で北海道旭川市ジュンク堂書店にて「12人の

     作家展」に作品出品

2016

​平成28年

 8月 「Tuna-Kaiと13人のアーティスト『映画』を描くin京都」に作品出品

     「12人の作家展」 全国各地で巡回展

     外向けに作品を発表することは少ない年であったが、翌年の個展に向けて多数の

​     新作絵画を描いた1年であった

2017

​平成29年

 1月 釧路町 大地みらい信用金庫釧路東支店にて個展「松本直樹 北の自然展

     2017in釧路」(アクリル画・水彩画・クレヨン画)

 4月 釧路で新しい軟式社会人野球チーム「NEXUS」結成 代表兼選手

 5月 ナオキブログのカテゴリの一つとして「温泉」に関する項目を取り入れる これが後に

     旅漫画「ひょうひょう!」の連載へ繋がる布石となる

2018

​平成30年

 1月 釧路町 遠矢公民館にて個展「松本直樹 道東を想う」(アクリル画・水彩画・

     クレヨン画)2月まで

 2月 釧路市 展望レストラン・ワンピースにて個展「夢見る道東の世界 松本直樹

    絵画展」(アクリル画・水彩画)3月まで

 4月 釧路市 介護付有料老人ホーム悠和館にて個展「松本直樹展 空と大地」

     (アクリル画・水彩画)

 6月 2016年より全国各地で行われていた巡回展「Tuna-Kaiと13人のアーティスト『映画』を

     描く」が終了

 6月 釧路町 大地みらい信用金庫釧路東支店にて個展「松本直樹 北の自然展

    2018」(アクリル画・水彩画・墨画)

 7月 釧路市 珈琲堂linoにて個展「松本直樹展 涼風が吹き込んで」(アクリル画・

     水彩画・墨画・グッズ)

 8月 北海道 厚岸町 フォト喫茶夢風舎にて個展「道東画展Ⅲ」(アクリル画・水彩画・墨絵・

     漫画・グッズ)9月まで

 8月22日 無料WEBコミック雑誌てんてるにて漫画「ひょうひょう! ~北海道の温泉と

     名所巡り~」連載開始

​ 9月 FMくしろの番組に出演。「ひょうひょう!」が特集される

10月 釧路市 珈琲堂linoにて個展「松本直樹展 道東散歩」(アクリル画・水彩画・漫画・

     グッズ)11月まで

​10月 小学生時代より続けてきた野球を引退する

11月 東京都 銀座かわうそ画廊「プチ可愛い展」に出品し完売する(アクリル画)

12月 釧路市 ときわ台ヒルズにて個展「松本直樹展 美しき野趣」(アクリル画・水彩画・

     ペン画・漫画・グッズ)

12月 株式会社夕緋 自社看板に絵画「釧路の夕情」を採用

     虹河ラキを漫画ヒロインとして描くことをきっかけに、VTuber業界と携わることになる

習作を除く作品制作数 50点 【そのうち漫画は3作(1話分を1作として計算)】

2019

​平成31年

令和元年

 1月 漫画「ひょうひょう!」が隔月連載から月刊連載へ昇格

 2月 東京都 銀座かわうそ画廊「プチバレンタイン展」に出品(アクリル画・イラスト)

 3月 野球チーム「NEXUS」の代表も辞任し、野球業界から完全に身を引くこととなる

 4月 ペンネームを「M.ナオキ」から「Mナオキ」に変更

 6月 山佐スロワールド【スロコミ】にて漫画ひょうひょう!のWeb2誌同時連載を開始

 8月 北海道 厚岸町 フォト喫茶夢風舎にて個展「道東画展Ⅳ」(アクリル画・水彩画・

     ペン画・漫画・各種グッズ)9月まで

11月 作画活動20年を記念して釧路町より表彰を受ける。役場に「南陽台の夕日」を寄贈

​12月 釧路新聞2020年前半のカレンダーに絵画「木の芽風」が採用される

習作を除く作品制作数 87点 【そのうち漫画は13作(1話分を1作として計算)】

2020

​令和2年

 2月 北海道 釧路町 カフェシュエットにて個展「ひょうひょう!原稿・イラスト展」(ルート5.5

     の原稿・イラスト)3月まで

 3月 ひょうひょう!単行本第1巻が販売開始​

習作を除く作品制作数 20点 【そのうち漫画は4作(1話分を1作として計算)】

※3月15日現在

2021

​令和3年

 1月 

習作を除く作品制作数   点 【そのうち漫画は 作(1話分を1作として計算)】

2022

令和4年

 1月 

習作を除く作品制作数   点 【そのうち漫画は 作(1話分を1作として計算)】

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​北海道釧路郡釧路町

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